石川県議会議員・室谷ひろゆき

石川県議会議員・室谷ひろゆきの日記です。

これまでの44年を振り返って

今年ほど、死というものについて考えさせられた年はなかった

年初めの肉親の死

そして、三月末からの震災ボランテイアでの見たくなかった現実の数々

もっと支援体制がしっかりできていればとの後悔。せっかく大震災で助かった命にもかかわらず

その後、私たちの管轄場所で亡くなった方々がいた現実、また、現地で直面した悲劇

平時ならば、起こり得ないことが放置され続けていた毎日

そして、私たちの隣で寝泊りしていた青年自衛官から聞かされた、こころがおれるような日々の取り組み

私たちは、そんな過酷なところにはいけないから

現地の市職員や保育士さんと協力して、歩道や公共施設のがれき撤去など

が主な支援だったけど、そんな作業中でも多くの死についてきかされたし

普通にがれき撤去していて、その下から御遺体がみつかることもあった

この東日本大震災での活動は、かっての阪神大震災ボランティアの時とは

くらべものにならないくらい死について考えさせられるものだった

また、このわずか8日間の震災ボランティア中、ほぼ毎日、余震はあり続け

しかも、私たちが行ったのは、震災から二週間もたった後だったにもかかわらず

あまりにも広範囲すぎたこともあろうが

大震災後のとりくみはじゅうぶんでないと思い知らされることが多かった

そのため、せっかく助かった命が、その後、悲劇をむかえていた

本当に、われら日本人は、この未曾有の同胞の危機に、全力を尽くしたのだろうか

しかも、あれから9カ月近くたった今でも、東北の友人のことばを聞けば

もはや現在は、表面的のことばだけで、実質は忘れ去られているという声がいたい

例えば、現在、東北のがれき処理協力する県や市は

数えるほどしかなく、あのがれきが今だ被災地で放置されづけている

これが、今の日本の現実だ

また、さらに日本の自殺、10年連続3万人が今年、より拍車をかけた

これでは何のために、国家はあるのだろうか

3万人もの人が毎年、生きる希望をなくし、自ら生を絶つ

これが本当に優しい国だろうか

同じ国にすむ同胞が災害から9カ月もたっているのに

その時のがれきの処理すらままならない現実

われらは、このことに目をそむけてはいけない

どんなに苦しくとも、人が人に手を差し伸べて

ひとりひとりが、なにくそこんなことでまけてたまるか

やればできる、誰もが助けてくる、希望を持てる国にしていかないといけない

いまこそ、もう一度、国じゅうみんなで、できることをしあおう

年末になって、再び、伊達直人があらわれだした

じぶんのなけなしのお金から、じぶんの貴重な時間から、じぶんの思いを伝える人が

行動に移す人がいる

各地に、じぶんができることを、できることでいいからしようとする人たちがいる

人の社会は、マイナス思考では、善くはならない

ポジティブ思考を持って、まちじゅうみんなが自分ができることを実際に行動に移していけば

小さな積み重ねかもしれないが、社会は必ずほのぼのしてくる

人の社会は、人が決めた年という単位で動いている

もうすぐ、としがあらたまる 来年はどういう年にしたいか

年を改めるには、人の想いこそ大切なんだ

2011.12.31 12:47 | 政治 | トラックバック(-) | コメント(-) |